自己紹介
2007年03月27日
5章 マンネリからの脱出 (2006年)
しばらく書いていなかった自己紹介の続きでーす。
ボディコンバット好きが高じて始めたこのブログもはや2年を経過しようとしています。
書いている現在は2007年の3月末なのですが、去年のことを思い返してメモしておこうと思います。
今回も自己紹介をボディコンバットに絡めて無理やり書くという、本人以外には面白くもなんともない記事になります。
ということで、純粋にコンバットの記事を見に来られた方はこちらへお進み下さい。
2006年06月17日
自己紹介
2006年6月17日(土)
ボディコンバット的自己紹介を章仕立てで書いてみました。
お暇な方はどうぞ(笑)。って自分が一番暇かも(^_^;)。
1章 ボディコンバットとの出会い (2002年)
2章 目的が手段と入れ替わる (2003年)
3章 淡々とこなす頃 (2004年)
4章 ブログとの出会い (2005年)
5章 マンネリからの脱出 (2006年)
6章 〜現在に至るまで (2007年)
(以前の自己紹介)
1974年生まれの31歳です。趣味は運動全般で、特に球技が得意です。
音楽は、ダンスマニア系が好きです。(英語の歌詞は分かりませんが
)
仕事が経理なので、会計の知識は多少あります。
平日に2日と土日の合わせて週4回程度、コナミスポーツでボディコンバットというものをやっております。
普通の会社員をやっているのですが、たまたま会社の近くにできたコナミスポーツに通うことになり、もともと運動好きだったということもありまして、毎日のように通うようになりました。
その中でも私がハマったのはボディコンバットです。
大好きなダンス系の音楽に合わせてパンチやキック、カタを行うものです。運動とダンス音楽の好きな私にはぴったりでした。
ちなみに格闘技の経験は全くありませんでした。しかし、それほど難しくはなく、1ヶ月ほどで、それなりに動けるようになりました。
それからというもの、ボディコンバットのクラスばかりに出るようになり、既にこれを始めてから3年以上経ちましたが、全く飽きずに、現役バリバリで現在も精力的に通っております。
家の近くにコナミスポーツがあることと、遅い時間帯にボディコンバットのクラスがあることで、なんとか、平日も通えております。
2006年04月30日
4章 ブログとの出会い (2005年)
2005年は僕のボディコンバット史でもっとも激動の一年だったといえます。
2004年末にホームを変更し、新ホームでスタートを切るのと同時に、4月にこのブログの基礎となるブログをスタートさせました。
もともと文章を書くのは嫌いではなかったという程度なのですが、面白そうだから始めてみようという単純な動機でした。
書き始めた頃は、思い返せば、毎晩遅くまで文章作成に時間を取っていました。
なんでもそうなのですが、軌道に乗るまでは大変なことが多いです。
ある程度土台ができたらその後は少しの力でスムーズに事は運んでいきます。
運んで行ってもらえるようになります。
ブログに関していうと、記事をある程度書き溜めるまでの時間、労力は結構かかりました。
よくここまで書けたなと我ながら思ったりします。
寝不足で会社に行くこともしばしば、全くの趣味で、モチベーションは頂けるコメントと、ボディコンバットが「好きだから」という理由だけでした。
皆さんありがとうございます。
さて、以下から2005年の印象的な出来事を書いていきます。
3章で意味ありげに、含ませるような形で終わっていましたが、BC22-1のIf I Were Youは、スタートがちょっと違っていました。
この部分が妙に切ないメロディーとともに印象に残ることになりました。
今まで体験してきたほぼ全ての曲がウォーミングアップの一曲目はカタもしくはストレッチ(どちらもない場合があります)を最初に行い、すぐに具体的な「ジャブ」「アッパー」「フック」の動きに移行しています。
もしかして違うものもあったかもしれませんが、少なくとも僕が体験してきた曲の中ではそのようなイメージを持っています。
しかし、この曲は、深呼吸のカタを終えた後、横移動してフットワークを横向き、正面向きとステップするだけで、パンチ類が全く無く、ボディコンバットの今までのスタートの常識を打ち破る画期的な動きであったのです(ちょっと大袈裟ですよね?)。
最初すごく楽なんです。
肩の力を抜いて、下半身から暖めていくことができます。
この流れは次々回のBC24-1Glory Of Loveの最初の、横移動してツイスト(上半身を左右にひねる動き)の動きを入れるのと同じです。
そしてこの次のシリーズであるボディコンバット23が新曲期として行われている頃に当時流行の兆しを見せていたブログというものを始めました。
先ほどとかぶるのですが、当初は何の気なしにその日あったことを書いているだけでした。
会社での出来事、自分が思っていること、会計的なこと(仕事に絡んで)、フィットネスの話。
こんな感じでいわゆる日記の状態でした。
また、書いていくうちにどんどんこのやり方がいいなとか、こうしたらたくさん見に来てくれるなとか、ランキングはどうやったら押してもらえるんだろうとか、いろいろ考えるようになりました。
自分中心に記録的に書くということよりも、読んでくれる相手がいるものという意識へ徐々に変化していきました。
なるべく多くの人に分かり易く、面白さを伝えるにはどうしたらいいんだろうかとアンケートをしてみたり、掲示板を作ってみたり、自分のブログに来てくれる人は何を求めているのかということを常に考えていました。
そんな中、ブログを通じて友達もたくさんできました。
それまでメールとネットのニュースを読むくらいしかインターネットを使うことが無かったのですが、自分から情報発信することによるネットのつながりのすごさを実感しました。
全ての人が見ることのできるコメント欄に書き込めなくても、僕の文章を読んでメールで感想などを下さる方も少しずつ増え、いろいろ足りないところを指摘してくださったり、アドバイスして頂けたりもしますので、大変ありがたく思っています。
こういった方々との出会いがあればこそ、ブログは続けられるものではないかと思います。
しかし、一方で2005年の後半にボディコンバットに関してのブログ仲間が次々にブログを閉鎖して行ったという事実もあります。
やむを得ない事情なのですが、同じブログをやっていて一番悲しかったことです。
インターネット上に存在するサイトは、他のサイトとつながり(いわゆるリンクってやつです)を持って初めて存在価値を認められるという相対性の原理の上で成り立っています。
これは人間も同じなのですが、他人とかかわることで初めて「自分」という存在が客体として認められることになります。
他人とのかかわりを持つことなしに存在しようと思えば、それは生物学でいう「ヒト」としての存在価値しかありません。
配偶者・親・子・恋人・友達。実はブログ(ウェブサイト)もこれと全く同じで、他のサイトと繋がることなしには存在を認められないものです。
そういう意味でも同じジャンルのつながりは貴重なのです。
えっと、何の話でしたっけ?そうそう、自己紹介でしたね。
思いっきり話が逸れてしましたね(笑)。
せっかく書いたのを消すのがもったいないので、このまま行きます。
そして、また曲の話に戻します。
BC25に関しては、このシリーズから現在のBC28に至るまで、1曲目は2つの曲を合わせてウォーミングアップ曲という構成に変化しております。
上半身のウォーミングアップと下半身のウォーミングアップを1曲のうちで前半後半に分けてやっていた流れが、曲自体も分けて行う流れに変更されました。
このシリーズの1曲目も22-1、24-1に続いて、最初のカタの後、すぐにパンチ類は出てこず、横移動+縄跳びorステップとなっています。
このパターン、徐々に主流になってきていますね。
また、このシリーズも、個人的にはBC19には及びませんが、名作だったと思います。
何をもって名作と定義しているのかという話になると思うのですが、端的にいうと、「コリオのバランス」「曲のよさ」「全体を通してのまとまり」になると思います。
またこの年は、新曲もいいと思う反面、今までに自分がやってきた曲の数が多くなってきて、なかなか昔にやった曲ができなくなり、MIX期がもう少し長ければいいのになぁと思うようになってきました。
贅沢な話です。
少々熱が冷め始めていたボディコンバットに対して、ブログで情報発信するということでやや熱を盛り返した感のある2005年なのです。
ボディコンバットを始めた頃とは比べものにならないくらい友達や知り合いが出来たのが嬉しい年でした。 →5章へ
3章 淡々とこなす頃 (2004年)
2004年一年間は、会社が変わったこともあり、なかなか平日は通うのが難しい一年になりました。
そのため、土日で4本ボディコンバットのクラスを出たりなどしていたため、また、まだ20代であったということもあり、1日何本でもできそうな体力がありました。
そうは書いているものの、1日受けた最高記録は、60分のマスタークラスを1日3本というのが過去最高です。
2004年はボディコンバット18の新曲発表会とともに幕を開けました。
BC18は、実は「廻る」というのが僕の中ではキーワードとなっているシリーズです。
4曲目の「Don't Go」は、曲の途中で自分の周りを旋回します。
新曲としてはやったことのないBC11-7、Destiny's ChildのSurvivorが同じように自分の周りを旋回しますね。
この18-4以来、多分、28に至るまで再登場していない動きではないかと。。。多分です。
もちろん廻るという意味では、サークル曲の全盛期のシリーズでした。
前回のBC27ではサークル曲を知っている人は少なかったのですが、今回のBC28では、動きは中心へ向かって前と後ろのみで、横移動の動きはないのですが、サークル曲が復活しましたね。
対面かサークルが5曲目にあるのが当たり前の頃が長かったので、懐かしい感じがします。
そんなサークルの全盛期の頃、前年よりはペースダウンし、ボチボチとボディコンバットを楽しむようになっていきました。
それでも週に4日は確保しようとがんばっていました。
好きだからこそですね。
この次のBC19は今でも個人的にはNo.1のシリーズと思っています。
当時、周りの仲間も、今回のは面白いなあって言っていました。
全てにおいて完成度の高い(多分に個人的嗜好を含みます。誤解が御座いませんように。)、ベストシリーズです。
もったいないことに、新曲期には仕事が忙しく、あんまりこなした記憶がありません。
ま、人生うまくいくときは少ないということなのでしょう。
その後もMIXでよく出てきますので、それは別に大した問題ではなかったりします。
BC20は3,4,5,6曲目に、Set You Free Blood Is Pumpin' SK8er Boy Cult Of Snap! と、持ち味の異なった楽しめる曲がずらりと並んでいます。
どの曲も好きです。
MIX期(新曲が導入されると1ヶ月くらいは新曲を行い、それ以後、次の新曲までの約2ヶ月は多くのクラスで、過去の曲も織り交ぜてレッスンが行われます。この時期をMIX期などと呼んだりします)ではなかなか出会うことのない曲が4曲目の Blood Is Pumpin'です。
スタジオの横を向いたまま縦移動するという特殊な動きがあり、この動きはこの曲でしかやった記憶がありません。
何かマニアなコリオの動きがある曲は記憶に残りやすいのです。
名作といわれてはいませんが、ムエタイ曲っぽいエキゾチックな雰囲気も再出を望む理由です。
BC21はロッキー、トップガンなど名作シリーズです。
聞いたことのある曲がたくさん出てくるので、入りやすかったです。
BC20台に突入してからは、新曲発表会も、特に参加したい!というわけでもなく、レッスン自体もいつでもできるからいいやといったように少しボディコンバット熱も冷めかけていました。
ただ、体に関しては、これくらい通っていると、ひとつのプログラムしかほとんど出ていないという私のような状態でも、結構筋肉は付いてきました。
逆にこれ以上筋肉を付けたくないということで、筋トレをほとんどしなくなり、筋トレは、ボディコンバットレッスンの9曲目しかしないようになりました。
でも、たまに時間があって、手持ち無沙汰な時はやりますけどね。
しかし、そうは言っても、すでに2年ほど、継続的にフィットネスクラブに通っていましたし、熱が冷めかけたこの頃も、雨の日も風の日も通い続けました。
雨が降ったから休むなんていう感覚は全くありませんでした。
行くのが当然というレベルです。
習慣化され、生活の一部に完全に組み入れられています。
その意味では冷めたとは言えないかも知れないのですが、自分の今までのボディコンバットとのかかわりを考えると少し下火になってきました。
ちょうどその頃、2004年の年末です。
2章 目的が手段と入れ替わる(2003年)
フィットネスクラブに入会した目的は「サッカーで走り負けしない体力を付ける」の一点でした。
明確なものです。
初めてのボディコンバットレッスンを受けた後も、ランニング、水泳、筋トレ等、適当に織り交ぜながら自分なりにフィットネスライフを楽しんでいました。
さて、僕はジムでどんなことをしたかの記録をつけています。
その中でひとつの指標として、「ボディコンバット参加率」という指標があります。
計算式は
「一ヶ月間にボディコンバット30、45、60の参加したレッスン回数」÷「一ヶ月のフィットネスクラブに通った日数」
です。やばいですか?マニア過ぎますか??
つまり、この指標が100%を超えるということは、ボディコンバットレッスンを最低1日1回は受講しているという計算になります。
毎回出られなくても、1日にボディコンバットレッスンに2回も3回も出れば、軽く100%を超えることになります。
第2章では、この指標が100%を突破する直前(2003年12月)までのお話になります。
入会後、継続して100%を越えるようになるまで丸1年を費やしております。
時期的にはボディコンバット13〜ボディコンバット17の時期に重なります。
一番、このプログラムにはまっていた時でもあります。
この頃の思い出として印象的なのはボディコンバット13-1との出会いです。
バックストリートボーイズの曲なのですが、初めてこのコリオをやったときに「なんて曲と合っているんだろう」と感動しました。
カタが曲と合っているというのもありましたし、初めてこの曲を聴いて、このコンバットを行った、ある晴れた休日の午前のさわやかなシチュエーションが、自分の感性に大きなインパクトを与えるのに十分な条件を満たしていたのでしょう。
今でもすっかり大好きな曲にノミネートされています。
さて、この頃は非常に研究熱心でした。
ジャブはどう打つのだとか、サイドキックはつま先を下にしなければならないとか、周りでいろいろ話を聞いたり、イントラさんに直接教えてもらったりしながらレッスンを重ねていきました。
ちょうどこの頃、インターネットで「きみかの大好き〜!BODYCOMBAT」を発見した頃でもあります。
新曲をボディコンバット14で初めて経験しました。
新曲発表会という、新しいシリーズがリリースされたときにお披露目会をするのですが、最初は何のことか分かりませんでした。
単にボディコンバットのレッスンがあったので、入っただけでした。
やる曲やる曲全てが未知の曲だったので、毎回非常に新鮮でした。
この頃、オプションというものが存在するということを知りました。
オプションとは、正規の定められたコリオ(何度も出てくるこの言葉、正式名称はコリオグラフィーといい、英語表記で「choreography」と書きます。もともとダンスやバレエなどの振り付けのことで、ボディコンバットのようなエアロビの動きでは、レッスン全体の動きのことを言います。)以外に、少し余力や手持ち無沙汰な時間があるときに行う追加の動きです。
最近では望ましくないという流れのようですが、これを楽しみにしているファンが多いのも事実です。
この時期の中で一番印象に残っているのはボディコンバット16です。
自分のホームとしていた施設のボディコンバットのインストラクターが2人、転勤と退職で抜けてしまったのです。
僕にボディコンバットの面白さを教えて下さったイントラさんもいなくなり、たまに他店へも出向くようになりました。
これが初めての(小)遠征経験です。
一人で黙々と友達を作ることもなくやっていましたね。
ストイックに打ち込めるのがこのプログラムのいいところです。
もちろん、エアロビやステップ系、ダンス系などと同じようにみんなでわいわいもできるのですが、なんとなく一人で打ち込んだほうが周りも気にならなくていいやって思っていました。
さて、そんな分岐点のシリーズであったボディコンバット16ですが、そういうイメージとぴったり合うかのごとく、全般的に暗い印象の曲が多いです。
新曲期と、じめじめした梅雨の時期が重なっていました。
今も梅雨なので、ちょうど16シリーズからは丸3年経って今は28シリーズ真っ盛りですね。
特に16シリーズの中で印象に残っているのは、まだご紹介できていないのですが、8曲目です。
梅雨のイメージからか、「ビトビトビトトン、ビトトン・ビトトン」で始まる曲です(分からない方、すいません)。
最初は右左右左アッパーに、右ダブルジャブ、左ダブルジャブです。
さっきの擬声語に合わせています(笑)。
ここまで書いて2章の標題の話になるのですが、すでにサッカーのために入会したフィットネスクラブが、それに通うこと自体が目的になっていました。
完全に手段と目的が入れ替わりました。
黙々と基礎体力を付けるために自分に厳しいトレーニングメニューを課そうと思っていたフィットネスライフから、楽しみながら知らないうちに体力が付いているという、気楽なライフワークと化したのです。
そのため、月日を重ねるごとにボディコンバットレッスンの参加が多くなり、翌年の2004年が始まった頃からは、ジムに行けば必ずボディコンバットのクラスに出るというほどになりました。
前述の「ボディコンバット参加率」が100%を超える状態ですね。
1章 ボディコンバットとの出会い(2002年)
僕とボディコンバットの出会いは、2002年の12月に遡ります。
当時サッカーをしていたのですが、年々低下していく体力に不安を感じていました。
20代も後半になってくると、たかだか30分ハーフの試合ですら最後まで走れないんですよね。
それはもう、試合の前半途中からでも歩く時間が長くなり、ボールへの寄せが甘くなり、仮にドリブルで相手ゴール近くへ行き、シュート体制に入ったとしても、すでにドリブルでガタがきた下半身にはシュートを打つための踏ん張る力も出ないのです。
これはまずい!と思い、毎日走ることにしました。
仕事から帰ってきて公道を夜に走っていたのですが、危険でした。
家の周りは車道ばかりですので、安全を考えると長く続けられるものではありませんでした。
そこで、近所にできたフィットネスクラブに入会し、トレッドミル(ローラーの上を走るフィットネス機器ですね)を使用し、通える日は毎回5kmを目安に走ろうということで、入会の決意を固めました。
また、フィジカルの強さもつけようと思ったので、筋トレ機器もあり、汗をかいたらすぐにお風呂に入れるフィットネスクラブは大変便利なものでした。
入会当初は、会費高いナ(>_<)。。と思っていたのですが、いざ入会し、ほぼ毎日のように通うようになると、逆に「こんなに安くてもいいの?」と思えるくらいになってきました。
それほど利用頻度が高く、重宝するようになったのです。
男性には特に多いと思うのですが、黙々とトレッドミルで走ったり筋トレをしたりしているうちに、マンネリ化してきますよね。
そんなときに女性イントラさんから「男性でも入りやすい、初心者向けのスタジオエクササイズがあるから入ってみませんか?」というように声をかけて頂き、それが僕とボディコンバットの最初の出会いだったのです。
初めて出た記念すべきレッスンは「ボディコンバット30」。
一番後ろで前の人やイントラさんを見よう見まねで動いていました。
もちろん格闘技系のエクササイズなんて知る由もなく、初めて感じた印象は、「キックとか使うんやったら、サッカーにもいいかもな!」
という、訳の分からないものでした(笑)。
しかし、そのレッスンで現在までこれほどはまるとは夢にも思わなかったのです。
さて、その初めてのレッスンでは、確か4曲行いました。
後から思い出して整理したのですが、ボディコンバット12シリーズをやりました。
初めて参加したそのレッスンで、マイケルジャクソンの曲(キラーシャドウズの“ビートイット”「12-5 Beat It(Killer Shadows)」)という曲と、その少し前の時期に上映された映画「パールハーバー」の主題歌、”ゼァーユールビィー”「12-4 There You'll Be(Booshida)」という曲があったことを知りました。
これらの曲をご存じない方を前提に話を書いていきます。
Beat Itはとび蹴りや、サイドキック2連発などがある曲で、最初と終わりにカタ(片手は頭をガードして、もう片方の手はゆっくりパンチを前に打つのです)があります。
カタとは、空手の型みたいにゆっくりとポーズを決めていくものです。
ゆっくりと体をその「カタ」のフィニッシュに向かって動かしていき、完成型でいったん止めます。
これが、当時むちゃくちゃ斬新で、「面白〜い」って思いました。
初心者だったので、全くといっていいほど形になっていませんでしたが。。。
There You'll Beは対面でしました。
スタジオに入ったときは前のインストラクターさんに向かって、ダンスをするものと誤解していたので、会員同士、スタジオの横向きになって向かい合うというのは初めてにしてはインパクトがありました。どこを見てやればいいの??って感じでしたね。
きょろきょろしていると、イントラさんが自分の前に来たりして、全く逆向きの鏡の動きをしてくれました。
これを、最初は難しく考えてしまって、ご丁寧に「インストラクターさんはこっちを向いているので、僕からいうとこれは左手のパンチのことだな」など、変に難しく逆の動きをしていました。
今から考えると、周りを見れば全員が自分と逆の動きだったので、すぐに変だと分かったのにと思うのですが、始めた頃はそんなこと分かりません。
何度か入るうちにこの逆の動きというのにも慣れてきました。
後は周りの人やインストラクターさんの真似をするのであっという間の30分でした。

